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CULTURAL HERITAGE / 11

石見銀山遺跡とその文化的景観

銀を掘る山から港まで、世界の交易を支えた仕事と暮らしのつながりが残っています。

島根県 · 2007年登録

基準(ii)文化や技術の交流基準(iii)文化・文明の大切な証拠基準(v)伝統的な暮らしと土地利用
石見銀山・龍源寺間歩
石見銀山・龍源寺間歩Wakuwaku99 / Public domain · 写真の出典 ↗ · 撮影 2024-05-04

WHY WORLD HERITAGE?

世界遺産に、選ばれた理由。

01

山でとれた銀が、世界とつながる

石見銀山は、とくに16世紀から17世紀にかけて多くの銀を生み、日本とアジア、さらに広い世界の交易に関わりました。銀は品物と交換したり、お金として使ったりできる大切な資源でした。山の中の仕事が、遠い国の商人や港とつながっていたのです。銀を掘った穴だけでなく、運ぶ道や港も一緒に残っているため、山から海へ、そして世界へという流れをたどることができます。

02

技術を取り入れ、現場で工夫した

鉱石の中から銀を取り出すには、掘るだけでなく、砕く、加熱する、不純物を取り除くといった仕事が必要です。石見銀山では、外から伝わった灰吹法などの技術を使い、現場に合う工夫を重ねました。多くの小さな作業場が協力して、まとまった量の銀をつくっていた点も重要です。道具や遺跡を調べると、外国との技術交流が、山で働く人々の具体的な仕事につながっていたことがわかります。

03

森、集落、道、港をまとめて守る

この遺産には、採掘と製錬の跡、鉱山町、街道、港などが含まれます。銀づくりには木材や燃料も必要だったので、森との関係も大切でした。現在の緑豊かな景観は、鉱山と人の暮らしの歴史を一緒に伝えています。ただし、昔の採掘が自然にまったく影響しなかったという意味ではありません。利用と管理の歴史を具体的に調べ、産業と周りの環境がどのように結びついていたかを考える場所です。

登録理由の出典:UNESCOの登録説明・評価基準 ↗

COMPARE TO UNDERSTAND

似た場所と比べると?

金山や近代の工場と、何が違う?

佐渡島の金山では、金を生み出した手工業の技術や生産のしくみを学べます。明治日本の産業革命遺産では、機械や近代技術を取り入れた重工業の発展に注目します。石見銀山では、近世の銀生産が世界の交易を支え、坑道から集落・街道・港へ続く景観として残る点が特色です。産出量だけを競うのではなく、資源を取り出して運ぶまでのつながりが、どれだけ読み取れるかに注目してみましょう。

公式の登録価値をもとに、特徴の違いを学習用に整理しています。

現地で、ここを見てみよう。

1坑道の入口や町並みを見て、掘る場所と暮らす場所の距離を地図で確かめましょう。

2街道と港の位置をたどり、重い荷物を海まで運ぶ道のりを考えましょう。

LOOK CLOSER

写真で、もう少し近くへ。

3枚の実際の写真

写真を押すと拡大できます。Web表示のため縮小・WebP形式への変換をしています。

CONNECT THE DOTS

この場所から、知識をつなごう。

写真で見つけた「なぜ?」を、理科や社会の知識マップへ。

PLAN YOUR VISIT

訪ねるときの、入口と歩き方。

2026年10月30日確認。代表的な経路を紹介します。時刻・料金・運行日・公開範囲は、訪問日の公式案内でご確認ください。

01大森地区・龍源寺間歩

地域への行き方
JR山陰本線の大田市駅から石見銀山方面の路線バスへ。
現地での移動
車の場合は世界遺産センターなどを利用するパークアンドライドを基本に、公式交通案内を確認します。町並みから坑道方面は徒歩や現地の移動サービスを組み合わせます。
見学の組み立て
町並み、坑道、展示施設は離れています。龍源寺間歩と大久保間歩は見学方法が異なるので、希望する坑道の公開・予約条件を確認します。
予約・利用の条件
2026年10月30日確認:世界遺産センターの有料展示室は改修のため2027年3月までの予定で休止中です。街道の一部にも通行止めがあるため、出発前に公式のお知らせを確認します。

もっと確かめる・公式の案内

写真の著作権・ライセンスは各写真の下に記載。この遺産の写真の出典一覧

KEEP EXPLORING

つながる、ほかの世界遺産。

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